最高裁判所第一小法廷 平成7年(行ツ)169号 判決 1998年9月10日
松山市馬木町七〇〇番地
上告人
井関農機株式会社
右代表者代表取締役
堀江行而
右訴訟代理人弁護士
花輪達也
東京都千代田区外神田四丁目七番二号
被上告人
株式会社佐竹製作所
右代表者代表取締役
佐竹覚
右訴訟代理人弁護士
柏木薫
松浦康治
今井浩
柏木秀一
福井琢
長尾美夏子
斎藤三義
黒河内明子
右当事者間の東京高等裁判所平成四年(行ケ)第五七号審決取消請求事件について、同裁判所が平成七年六月一五日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人花輪達也の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)
(平成七年(行ツ)第一六九号 上告人 井関農機株式会社)
上告代理人花輪達也の上告理由
原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな理由不備の違法があるので、破棄されるべきである。
一. 原明細書及び図面のいずれにも開示されていない構成を追加することは、考案の構成の解釈に影響を及ぼし、ひいては原明細書の要旨を変更することになるから認められないとされている(東高判昭五九、六、二〇、判時一一三二・一六三)。
また、分割出願は、原出願の当初の明細書に、分割出願に係る発明の要旨の技術的事項のすべてが、当業者においてこれを正確に理解し、かつ、容易に実施できる程度に記載されていなければならないとされている(最三判昭五三、三、二八、判時八八八、八七)。
本件発明は、.原明細書及び図面のいずれにも開示されていない構成を発明の実施例とした分割特許出願であり、当然に考案の構成の解釈に影響を及ぼすものであるから、要旨変更と解されるべきであり、また、本件発明がその技術的事項ともている「撰別盤が左右方向水平」の構成は、原出願の当初の明細書及び図面のいずれにも、当業者においてこれを正確に理解し、かつ、容易に実施できる程度に記載されていないから、この意味においても要旨変更と解されるべきである。
しかるに、原判決は、本件発明を要旨変更にあたらないと認定しているが、従前の判例に反し右のように認定したことについて全く理由を欠くものであるから、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな理由不備の違法があるというべきである。
二. 上告人の審決取消理由は、原判決一一頁一六行以下に記載されているとおりである。即ち、「審決は、本件発明の要旨は前記特許請求の範囲記載のとおりであり、撰別盤が左右方向に水平状態に保持されていることを要旨とするものではなく、また、水平状態に保持されている構成にのみ限定されるものでもないから、本件発明の撰別盤1の図面が水平に変更され、縦方向(左右方向)の傾斜がなくなったとの理由をもって、本件発明は要旨変更であるとすることはできない、と認定判断している。
本件発明の特許請求の範囲には、撰別盤1が縦傾斜しているとも水平であるとも記載されていないことは審決認定のとおりであるが、本件発明の詳細な説明中には、撰別盤か縦方向(左右方向)に水平状態に保持されている実施例のみが開示されている。
一方、原出願明細書(甲第三号証の一、二)には、活字部分と手書きの訂正部分とがあるが、上記訂正部分はすべて特許出願人である被告代表者によって出願後の昭和三五年二月一日に出頭訂正されたものであるから、訂正前の明細書が本件発明の原出願明細書と同明細書添付の図面に当る。したがって、本件分割出願の要旨変更の有無は、上記の訂正前の原出願明細書及び図面(以下原出願当初明細書及び図面といい、同明細書及び図面に記載された発明を原出願当初発明という。)を基礎として判断されなければならない。
そして、原出願当初明細書には、『粗雑面をなず撰別盤を縦方向に傾斜して縦に振動せしめ』と記載され、発明の詳細な説明中にも、撰別盤を縦方向に傾斜する実施例のみ記載されている。審決は、原出願当初発明は、『粗雑面をなす撰粒盤を横方向に傾斜して』と認定しているが、『粗雑面をなす撰粒盤を縦方向に傾斜して』の誤りであり、また、原出願当初明細書に『撰粒盤の縦方向の傾斜角度や横方向の傾斜角度は任意に調整することができる』と記載されているから、傾斜角度がゼロに近い場合、すなわち、水平状態に近い場合もあると解するのが技術常識からみて自然な解釈であると認定判断しているが、撰粒盤の縦方向の傾斜角度は任意に調整することができるとは、撰粒盤は傾斜していることが前提で、通常水平まで含むことはありえず、そのような技術常識はありえない。
上記のような原出願当初明細書から分割出願するときは、特許請求の範囲に、『撰別盤を縦方向に傾斜して』との条件を外して何も言及せず、実施例には撰別盤が縦方向に水平状態に保持されている構成を開示すれば、その発明の技術的範囲には撰別盤を縦方向に水平状態に保持する構成と縦方向に傾斜させる構成の両方を含ませる発明となる。
本件発明が縦方向の傾斜がゼロの場合を含むものであることは被上告人も自認するところである。
したがって、本件発明は、原出願当初明細書及び図面に記載されていない構成を要旨とするものであって、発明の要旨変更があるから、審決の前記判断は誤りである。」というものである。
しかるに、上告人の右主張に対する原判決の判断は、原判決三六頁一〇行以下のように、「分割出願に係る発明の要旨とする技術的事項は、特段の事情のない限り、分割出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて認定すべきところ、本件発明の特許請求の範囲は、請求の原因第2の2記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、撰別盤を縦方向(左右方向)に水平状態に保持することは、特許請求の範囲に記載されていないことから明らかである。
この点について、上告人は、本件発明の特許請求の範囲には、撰別盤1が縦傾斜しているとも水平であるとも記載されていないことは認めるが、発明の詳細な説明中には撰別盤が縦方向に水平状態に保持されている実施例のみが開示されており、一方原出願当初明細書の特許請求の範囲には『粗雑面をなす撰粒盤を縦方向に傾斜して縦に振動せしめ』と記載され、発明の詳細な説明中にも撰粒盤を縦方向に傾斜する実施例のみ記載されているから、分割出願に際し、特許請求の範囲から『撰別盤を縦方向に傾斜して』との条件を外し、実施例に撰別盤が縦方向に水平状態に保持されている構成を開示すれば、その発明の技術的範囲には、撰別盤を縦方向に水平状態に保持する構成と傾斜させる構成が含まれる旨主張する。
しかしながら、本件発明は、特許請求の範囲記載のとおり、一方側の供給側Hを高く、かつ他方側の排出側Lを低く配置することにより、供給側Hより排出側Lに向って異種混合穀物粒が徐々に流動するように構成した粗雑面よりなる、複数多段状に重架させた無孔の撰別盤に、穀物粒の前記流動する方向に対して左右方向に斜め上下の往復動を与えると共にその揺上側に側壁を設ける構成とし、この構成によって、撰別盤上の混合粒のうち、比重の大なる穀物粒を揺上側方向に隆積させ、比重の小なる穀物を反対側に偏流させて分離させることを必須の要件とし、もって、前記1(3)記載の効果を奏するようにしたものであって、それ以外の構成は本件発明の要旨に含まれない、という他ない。
したがって、本件発明は特許請求の範囲に記載された構成を要旨とするものであって、撰別盤が左右方向に水平状態に保持されていることを要旨とするものではなく、また、水平状態に保持されている構成にのみ限定されるものでもないから、本件発明の撰別盤1の図面が水平に変更され、縦方向(左右方向)の傾斜がなくなったとの理由をもって、本件発明は要旨変更であるとすることはできない、とした審決の認定判断に誤りはない。」としている。
三. 以上のとおり、原判決においては、「本件発明は特許請求の範囲の記載を要旨とするものであって、撰別盤が左右方向に水平状態に保持されていることを要旨とするものではなく、また、水平状態に保持されている構成にのみ限定されるものでもないから、本件発明の撰別盤1の図面が水平に変更され、縦方向(左右方向)の傾斜がなくなったとの理由をもって、本件発明は要旨変更であるとすることはできない。」(原判決三八頁九行以下)とされ、本件発明の特許請求の範囲には、撰別盤が左右方向に水平状態に保持されていることを要旨として記載していないから、撰別盤1の構造が傾斜から水平に変更されても要旨変更にはならないと認定されている。
しかし、原出願当初明細書の特許請求の範囲は「撰別盤を縦方何に傾斜して」と撰別盤は傾斜していることが明らかに記載され、発明の詳細な説明中にも、撰別盤を縦方向に傾斜する実施例のみ記載されていたものであるから、原出願当初発明は明らかに「撰別盤傾斜」のみを考えていたものである。しかるに、本件発明は、「撰別盤左右方向水平」を含む特許であることは被上告人も自認されているところであり(平成四年一一月一〇日付被上告人準備書面、一頁一一行以下)、本件発明の実施例は撰別盤水平のみであり、発明の実施例どおりの構造は、当然その特許の技術的範囲に含まれるから、「撰別盤水平」は本件発明の技術的範囲に含まれることは明らかであり、特許請求の範囲に「撰別盤水平」が要旨として記載していようといなかろうと、「撰別盤水平」は本件発明の技術的範囲に含まれる。
それ故、撰別盤を縦方向に傾斜した原出願当初発明が、撰別盤水平を含む分割発明に変更されたことは明らかである。
なお、右のとおり原出願当初明細書及び図面には、撰別盤傾斜とのみ記載してあって、そのどこにも、撰別盤水平については記載していない。しかるに、被上告人は、原出願当初明細書には、「撰別盤の縦又は横の傾斜を任意に調節する」(原出願当初明細書7頁2、3行)との記載があり、撰別盤の縦(左右側)の傾斜については、水平であってはならない旨の記載はないから、撰別盤の縦の傾斜をなくして水平にすることも含んでいると主張されている(原判決二六頁五行以下)。しかし、原出願当初発明が、撰別盤の縦の傾斜の調節により水平になることもあるとするならば、原出願当初明細書の特許請求の範囲に『撰別盤を縦方向に傾斜して』と記載するわけはなく、被上告人のいわれるような技術常識は存在しない。したがって、本件の問題は、原出願当初明細書及び図面を当業者が正しく読んだ場合、撰別盤縦方向水平の技術が記載されていたかどうかに帰着するものである。即ち、原出願当初明細書及び図面に撰別盤縦方向水平の技術が記載されていたと合理的に認められれば要旨変更はなく、記載されてはいないと認められれば要旨変更であるのに、原判決は、この点について記載されていたともいないとも、又、被上告人のいう「撰別盤の縦又は横の傾斜を任意に調節する」の記載はどのように解すべきであるのかについても、なに一つ判断されていない。このことは、明らかに審理不尽であり、理由不備の違法があるというべきである。
四. また、原判決は、三七頁一四行以下において、「本件発明は、特許請求の範囲記載のとおり、一方側の供給側Hを高く、かつ他方側の排出側Lを低く配置することにより、供給側Hより排出側Lに向つて異種混合穀物粒が徐々に流動するように構成した粗雑面よりなる、複数多段状に重架させた無孔の撰別盤に、穀物粒の前記流動する方向に対して左右方向に斜め上下の往復動を与えると共にその揺上側に側壁を設ける構成とし、この構成によって、撰別盤上の混合粒のうち、比重の大なる穀物粒を揺上側方向に隆積させ、比重の小なる穀物を反対側に偏流させて分離させることを必須の要件とし、もつて、前記1(3)記載の効果(撰別盤を無孔とすることによって、穀粒間の密度を大にし、その斜め上下の揺動によって穀粒間の摩擦を利用しながら、穀粒の分離を促して撰別を行い、<1>玄米粒に対する砕粒等の混合粒のように空気流に対する抵抗差が小さく穀粒間に摩擦差のある特殊な混合穀粒でも高い精度の撰別ができ、かつ、<2>撰別作用に目詰まりや散流を生ぜず、安定した撰別ができ、しかも、<3>単一無孔撰別盤では得られない撰別能力が得られると共に、<4>各撰別盤の間隙を小さくできるので全体の高さが低く振動に対する安定性があり、<5>通風のための装置を必要としないので構造が簡単で重量の小さい撰別機を提供できるという作用効果)を奏するようにしたものである。」と認定し、それゆえ、それ以外の構成は本件発明の要旨に含まれないから、撰別盤の左右方向傾斜を左右方向水平に変更しても要旨変更にはならないと判断している。
即ち、本件発明は、前記1(3)記載の効果を期待する発明であるから、撰別盤の左右方向水平は本願発明の効果とは関係がないので、要旨変更にはならないとしているのであるが、農機具製造業の技術者の立場からいうと、撰別盤左右傾斜と水平とでは、天と地ほどの相違がある。撰別盤左右方向傾斜の場合は、どの程度傾斜させたらよいか簡単には決定できず、僅か一度の狂いでも性能に影響するから実に面倒な実験が必要であり(甲第一四号証参照)、傾斜角度は固定できないので、普通はセンサー等の複雑な傾斜自動調節機構が必要であり、この傾斜自動調節機構は本体よりも費用が掛り高価になる。又、多段に積重ねるときも、甲第一五号証の三に示されたように通常一〇段ほど積み重ねることになるが、そうすると全体が傾斜するので、それに耐えるように必然的に大きな構造になるものである。それが、撰別盤左右方向水平でもよいとなれば、複雑高価な傾斜角度自動調節機構は不必要になって至極安価簡単になり、多段に積み重ねるときも、水平だからそのまま積重ねればよいので、至極容易であるというかくされた巨大な効果が存在する。
それ故、「前記1(3)記載の効果を奏するようにしたものであるから、それ以外の構成は本件発明の要旨に含まれない」との判断は、早急な結論であり、事実誤認の違法があり、審理不尽であって、取消しは免れない。
以上